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【OB選手・パワプロ2018】安仁屋 宗八(投手)①【パワナンバー・画像ファイル】

本日、甲子園で始球式をした選手の公開です。

ちなみに2種類用意しました。今回は広島カープ

 

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ご尊顔

 

では能力

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安仁屋 宗八

1964年~1981年

ポジション:投手 投打:右投右打

経歴:沖縄高校→琉球煙草→広島カープ広島東洋カープ阪神タイガース広島東洋カープ

 

【通算成績】

655登板(内192先発) 2090回1/3 3.08 勝率.490 119勝 124敗 -H 22S※

完投58 完封15 奪三振1432(率6.17) 四球725 死球83 四死球率2.78 暴投20 

本塁打229(率0.986) 被安打1757 失点797 自責点715 WHIP1.11

 

【キャリアハイ成績】1968年

57登板(内32先発) 313回1/3 2.07 勝率.676 23勝 11敗 -H -S

完投20 完封5 奪三振237(率6.81) 四球55 死球3 四死球率1.90 暴投5 

本塁打26(率0.747) 被安218 失点84 自責点72 WHIP0.87

 

広島カープ阪神タイガースに所属していた安仁屋宗八選手です。

高校三年生時、全国高校野球選手権大会南九州大会*1にて宮崎大淀を下し、沖縄県の高校として初めて実力で夏の甲子園大会に出場を手にした。しかし1回戦で悔しくも敗退。琉球煙草に進む。

1964年に広島カープへ入団。アメリカ統治下で初の沖縄県出身選手ということで注目を浴びた。6月中旬には巨人戦で初完投・初勝利を挙げる。那覇市内での電器店では人だかりが出来、沖縄県中で大騒ぎの様相であった。

内に切れ込む2種類のシュートと外に逃げるスライダーとカーブを武器としており、打たせて取るピッチングが持ち味でその武器を使い、ゴロを量産。2年目からは先発の一角として活躍し、5年目には自己最多となる23勝をマーク。防御率も2.07と大活躍であった。

しかし通風を患ったことにより低迷。打撃コーチと投球フォームの変更を巡って対立したことやそのコーチが監督に昇格したことで阪神タイガースにトレードで放出。

移籍後は中継ぎとして活躍。それまでの低迷が嘘のように活躍し、防御率1.91で先発登板なしの中継ぎでありながら最優秀防御率も記録。翌年には10勝10セーブを記録する。

1979年オフにトレードで広島カープに復帰。しかし登板機会に恵まれず2年間で僅か3登板のみで引退。

引退後はコーチや2軍監督などを歴任。その後解説者やスポーツ評論家として活躍し、2005年に再びコーチに復帰するも投げ込みを中心とした指導が仇となり、投手陣の育成に失敗。その年をもって退団した。

その後は解説者などの活動を再開。クラブチームを設立し、広島に今も住んでいる。

 

 

 

査定について

1968年の成績を中心に査定しています。

基礎能力

球速はパワプロ14のデフォを採用。

コントロール四死球率を見ればいいものの死球が多いことや通算成績の数字とかけ離れているため少し下げた。

スタミナはこんなもんだろうということで。

 

変化球

決め球のシュートを2種類。伸びるものと沈むものだったということでHシュートとHシンカーで対応。

スライダーとカーブは統合し、スラーブに。

シュートの強さが際立っていたこととシュート代わりのHシンカーよりスラーブが大きくなるのはおかしい気がしたのでHシュート5、Hシンカー3、スラーブ2に。

 

特殊能力

打たれ強さB:完投数を考慮して。

回復B:登板数より。

内角攻め:内角に切れ込むシュートが持ち味だったため。

重い球:打ち取るスタイルだったため。

 

 

 

 

 

画像ファイル

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パワプロ2018で使用可能。

画像ファイルの使用方法についてはこちらを参照してください

 

 

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*1:現在では都道府県ごとに出場しているが、1977年までは一部の年を除いて地区大会からの出場であった。沖縄は南九州大会で出場