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【OB・2024-2025】内藤 幸三(投手)1936年秋【パワナンバー・画像ファイル】

再現選手です。

 

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ご尊顔

 

 

では能力。

内藤 幸三
1936春~1951
ポジション:投手 投打:左投左打
経歴:小樽商業学校→東京市立商業学校→東京リーガル倶楽部→名古屋金鯱軍→朝日軍→ゴールドスター&金星スターズ→阪急ブレーブス→広島カープ

 

通算記録

368登板(内277先発) 2220回2/3 3.27 勝率.395 92勝141敗 完投154 完封23 奪三振1054(率4.18) 四球1108 死球38 四死球率4.64 暴投20 被本塁打89(率0.361) 被安打1974 失点1054 自責点807 WHIP1.39

 

【タイトル獲得年*1】1936年秋

24登板(内10先発) 133回2/3 3.63 勝率.429 6勝8敗 完投7 完封0 奪三振139(率9.36) 四球103 死球8 四死球率7.47 暴投7 被本塁打4(率0.269) 被安打100 失点88 自責点54 WHIP1.52

 

太字はリーグ最高 赤太字NPB史上最高

 

初代奪三振王の内藤幸三選手です。

1936年に名古屋金鯱軍の設立に参加。軟式野球出身でそれまで硬球を触ったことがなく、プロになってから硬球を触った変わり種の選手でもあった。

非常に荒れ球の選手であり、その剛球とドロップを使い分けて133イニング2/3を投げて139の三振を奪って初代奪三振*2となった。一方でその荒れ球から103四球も記録しており、四死球率にいたっては7を超えて被安打数よりも四球数の方が多い投手でもあった。

以後、兵役を挟みながらも黎明期のプロ野球を駆け抜けて1950年には広島カープの設立にも参加。球団第1勝を挙げる活躍も果たした。

 

査定について

2020で作成したものがありますが、色々と不足があったので一応下敷きにはしていますが、結構変えています。

制球は思いっきり下げてGに。

特殊能力

ドクターK:全部確認したわけじゃないですが、おそらく1リーグ制で唯一イニング数<奪三振数を記録しており、当時の奪三振率から考えると異常な数字だったため。1936年秋だけの特別
荒れ四球乱調抜け球:制球が…ね。
対ランナー×:制球を下げる要員。
打たれ強さB:上記の能力に対する補填。

全体的に赤特殊能力が多くて弱く見えますが、当時としても別に防御率で見ればいい成績を残したわけじゃないのでこんな感じになっています。

 

画像ファイル

PS4版 パワプロ2024-2025で使用可能。
画像ファイルの使用方法についてはこちらを参照してください

 

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*1:実際は当時奪三振はタイトルではなかったためタイトル獲得ではない

*2:当時はタイトルではない