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【OB・パワプロ2020】深見 安博(外野手)【パワナンバー・画像ファイル】

歴代タイトル獲得者シリーズです。年度順にやろうかと思ってましたがバラバラにやると思います。

 

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ご尊顔。

 

では能力

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深見 安博

1950~1957年

ポジション:外野手 一塁手 投打:右投右打

経歴:報徳商業学校→中央大学西日本鉄道西鉄クリッパーズ西鉄ライオンズ東急フライヤーズ高橋ユニオンズ南海ホークス

 

通算記録

617試合 .261(1817打数475安打)  90二塁打 5三塁打 85本塁打 306打点 252得点 39盗塁(.600)  

278三振 194四球 8死球 7犠打 3犠飛※ 51併殺 出塁率.335 長打率.457 OPS.792

 

【キャリアハイ】1952年

108試合 .292(415打数121安打)  27二塁打 2三塁打 25本塁打 81打点 65得点 12盗塁(.632)  

58三振 37四球 1死球 1犠打 -犠飛※ 7併殺 出塁率.351 長打率.547 OPS.898

 

犠飛は1954年からの記録のため通算犠打数は正確な数字ではない

 

NPB史上唯一の2球団を跨いだ本塁打王深見安博選手です。

1950年に西鉄クリッパーズの結成に参加する形で入団。ラビットボールの恩恵もあって1年目から22本塁打を記録。しかし翌1951年はラビットボール廃止の影響もあって成績を落として更に翌年には大下弘とのトレードで東急フライヤーズに移籍。

本拠地が非常に打者有利の後楽園スタヂアムになったこともあって再びホームランを量産。NPB唯一となる2球団を跨いで本塁打王に輝き、打率も3割近くまで伸ばして東急の主軸として活躍した。

翌年は打率を大きく落とし、翌1953年に高橋ユニオンズに移籍。本拠地が後楽園スタヂアムより広くなったこともあって本塁打を減らして出場機会も減らし、1957年を最後に引退。

 

査定について

1952年を中心に見ています。

 

基礎能力

打撃能力は当時の打低具合を考慮して若干高めに。ただしミートは前後年のことを考慮してD50に抑えています。

走力は盗塁企図数やセンターも任されていたことからそこそこ自身があったんじゃないかと思いそこそこ程度に。

肩力は主に右翼を守っていたことからそこそこ高めに。

守備については守備率などからなんとなくやりました。

 

特殊能力

チャンスB:打点がいっぱい。結構な頻度で打点を記録している。

 

余談

作ってみようと勇んでみたものの、情報がなさすぎて特殊能力があまりにもつけられない選手でした。

パワーに関しては後楽園スタヂアムの恩恵を受けていたこともあって低めに設定したこともあって余計に特徴のない感じになってしまいました…。情報があれば嬉しいです…。(再作成するわけではないが)

 

 

 

画像ファイル

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パワプロ2020で使用可能。

画像ファイルの使用方法についてはこちらを参照してください

 

 

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