パワプロのこととかを書くブログ

タイトルどおりです。パワプロのこととかを書くだけです。

【OB選手】榎本 喜八(一塁手) 【パワナンバー】

おかげさまでこのブログも100記事目まで漕ぎ着けました。

いつも見てくださってありがとうございます。

 

記念すべき100記事目ですので、僕の好きな選手を公開しようかなと思います。

では能力

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榎本 喜八

1955~1972年

ポジション:一塁手 投打:左投左打

 

通算記録

2222試合 .298(7763打数2314安打)  409二塁打 47三塁打 246本塁打 979打点 1169得点 153盗塁(.646) 

645三振 1062四球 90死球 20犠打 67犠飛 159併殺 出塁率.386 長打率.458 OPS.844

 

【キャリアハイ】1966年

133試合 .351(476打数167安打)  31二塁打 1三塁打 24本塁打 74打点 81得点 14盗塁(.700) 

20三振 68四球 7死球 出塁率.439 長打率.571 OPS1.011

 

 

初代「安打製造機」であり、数々の高卒新人記録を保有しと話題に絶えない榎本喜八選手です。

神に魅入られ、神に魅せられた男。

一応1966年査定のつもりですが、他の要素も相まってます。

 

語ることが多過ぎる。

長くなるので続きから

 

 

【偉業】

 

とりあえず、偉業について

・史上最年少1000本安打達成者(24歳9ヶ月) ちなみにイチローより早い。

・史上最年少2000本安打達成者(31歳7ヶ月) ちなみにイチローの日米通算の方が早いけど、あれは試合数が多いし…ね?

・高卒新人記録を多数保持*1

・清原選手が出てくるまでは打率、打点、塁打、死球も保持。

 

ベストナイン9回のパリーグ記録を保持*2

・シーズン一塁手刺殺数・守備率の日本記録保持、補殺数はパリーグ記録。

・オールスターで初めて満塁本塁打

・プロ4打席目で敬遠を受ける(記録が見当たらないけど多分これが一番はやいです)

 

まだある気がするけど、とりあえずこんなところで。

この選手は非常に知名度が低いです。というのも、ここまで記録を残していますが監督はおろかコーチの経験もありません。名球会の会員でもありましたが一度も顔を見せなかったため、脱会扱い。そのせいもあるのかパワプロに収録された経験が多分ないです。

ロッテの名選手でしたが、そちらの方にも顔を出さなかったのもあり、完全に野球界と関係を絶っていました。引退後に野球関連の仕事をしていない選手は名球会入りの条件を果たした選手の中では榎本選手のみです。なんてこった。

引退後はアパート経営をして悠々自適*3の生活をしていたようです。良かった。

 

【プレースタイル】

彼のプレースタイルですが、「フルスイングで引っ張る」これだけ。

高校時代に素振りをしすぎたためか、入団時にすでにバッティングフォームが完成しきっており、入団時点で手を加える必要がないと言わしめたほど。

ちなみにそのバッティングがこれです。

www.youtube.com

僕は野球がわからないので凄いのかよくわかりませんが、このフルスイングは見ていてとても気持ちがいいです。かっこいい。最近バットを振る機会があるのですが、これを参考にしようとは思っています。

打球も綺麗に飛んでいるのが印象的ですね。とても綺麗。

査定ではアベレージヒッターをつけているのですが、これは彼が「安打製造機」と言われていたのに敬意を払ってつけています。*4

が、アベレージヒッターの効果はミート打ちのみなので正直な話つけるのはおかしいのです。ここはわかって欲しい。

 

常に引っ張り専門、フルスイングの非常に不器用な選手だったため、かなり苦労した面もあったようです。

例えば、高校時代にこのバッティングスタイルがチームにあってなかったため、補欠に回されることがあったこと。本人は「打率三割」を掲げていましたが、おそらくこのような不器用なバッティングスタイルを貫いたことが打率を下げる原因になっていたと思われます。多分器用にやっていたらもっと恐ろしい数字を叩き出していたでしょう。でもそれじゃあこの選手の魅力は薄れる。難しい…。

 

また、選球眼が非常に優れており、少しでも外れた球は微動だにしなかったとも言われています。通算四球の多さからもわかってもらえるかと思います。

また野村克也さんの語ったエピソードにこんなものがあります。

ある打席、榎本が見逃し三振になった際、野村自身は「ほんの少し外れてたけど、ストライクになって良かった」とホッとしていると榎本が審判に指を広げて一言

「これだけ(5cmほど)外れてたよ」

 おかしい。これくらいの選球眼です。パワプロで再現したらクレームが来るレベル。

というより、これ実績がないとタダの負け惜しみですからね。それでもエピソードとして語り継がれるのはそれだけの選球眼があったからこそ。

 

これらのバッティングや選球眼も相まって、バッターとして最高レベルの賞賛を当時のプロ選手から数多く受けています。*5

 

【野球に対する考え】

彼は恐ろしく野球に対して真摯というか真面目というか、恐ろしいまでの向き合い方だったようです。これが一番の彼の魅力。

 

高校1年のとき、荒川博プロ野球に入れる便宜を図ってもらおうとした際の条件として「三年間、毎朝5時に起きて500回素振りしろ」と言われ実行。無論、当時の恐ろしい高校の練習とは別で。

それでは飽き足らず就寝前にも500回以上素振りをしてから就寝。本人曰く「振らないと落ち着かなかった」そう。

 

野球に生かせると考えたため、合気道や居合いを学ぶ。もちろんその精神を野球に生かす。野鳥撃ちも行ったそう。本人曰く「選球眼が良くなる

荒川博の自宅に泊まりこみ、毎日猛練習。試合後にも何百回とバットを振ってバッティングフォームを研究していたそう。

 

また有名なエピソードとしてこんなものがある。

榎本がバットを持って鏡の前で構えた。「素振りでもするのかな」と思いきや、そのまま30分ほど静止。やっと動いたかと思うと発した言葉が

「いい練習が出来た」

聞いただけでは意味がわからないと思うが、これはバッティングフォームの調整で、構えた状態でバットのヘッド部分を理想の場所にあるように調整していたそう。

本人曰く「バッティングフォームを整えるのにバットを振る必要はない(要約)」

 

打球について非常にこだわっていた選手であり、しっかりと打ち返せたかどうかに焦点を絞っていた。なので、試合に負けてもしっかりと打てていれば喜び、逆ならば悲しむといった具合である。

この姿勢は野球人としてはカッコいいのだが、いざプロ野球選手という観点から見ると褒められたものではない。野村克也さんは「はっきり言って、私は尊敬できない」と語っている。

これに関するエピソードでこんなものがある。

4打数3安打でも納得できる打球が1なら、「4の1か…」と落ち込み、逆に4打数無安打でも納得できる打球が4なら「4の4だ!」と喜ぶ。

4打数4安打でもグリップを握って「どうして打てなかったんだろう…」とぼやく。

ここが彼の魅力でもあり、彼の弱点と言うか悪いところでもあった。僕は好きだけどやっぱり悪い部分ではあると思う。

 

【悲劇の男】

 

色々とエピソードがありますが、かなり悲劇に見舞われている人でもあります。

というのも、

・貧しい少年時代を過ごしており、自分の稼ぎが直接一家の家計を担っている状況だったため、真面目な性格もあって非常にプレッシャーに弱かった。

・入団後数年は非常にいい環境でプレーできたものの、50年代終わりから仲のいい選手や首脳陣が引退や辞任などでいなくなる。*6

・そのせいで自分の持つ難解な打撃理論を理解してくれる人がいなくなり、かなりの孤独状態に。

・しかもそのチーム状態で長年いる主力としてチームリーダーの役割を担わないといけなくなる。

・こういうことに輪をかけて1964年に「3割に2厘欠けてたから」という理由で年俸ダウン、その年貰う予定だったボーナス*7も規定ギリギリしか渡されなかった。

・なおその年は打者としてそれなりに活躍しており、規定に乗った選手で最多四球、最多死球、最少三振も記録

・しかも自分の背番号である「3」を新人に渡されそうになる*8

・引退後、コーチになるために毎日走りこみを続けていると*9、「現役復帰」と勘違いされたりしたこともあってコーチの声がかからなかった。

 

彼は色々と奇行と呼ばれていることをしておりますが、正直このときのオリオンズの対応が酷すぎたりしたのが原因かと思います。いや、一人の選手を孤立無援状態にするのはマズイでしょ。嫌がらせに取られてもしょうがないレベル。

彼の性格が真面目で細かったのも運が悪かったと言えるでしょう。このあたりは読んでるだけでかなりかわいそうになった。

 

【神の域】

中二病染みた単語ですが、本人の言葉から語られてるからこう書くしかない。

榎本喜八選手を語る上で欠かせない要素。そして彼が壊れた要因の一つ。

「神の域」とは以下の通り。僕が勝手に抜粋というか要約してます。

1963年7月7日から同年8月1日に足を捻挫するまでの榎本喜八絶頂期のことである。

このとき、榎本は「相手が次にどこに何を投げてくるのか寸分違わずわかる」という奇妙な体験をしている。そのときに打った打球は全て芯を外さない完璧な当たり。73打数30安打で.411という記録を残し、特に7月14日以降は43打数24安打で.558と驚異的な数字を残している。

このことについて後年の榎本は「野球の神様から”神の域”に到達する機会を与えられたんですよ」「"神の域"にいかせていただきました」と語っている。

ただし、捻挫以降この奇妙な体験は二度と起こらず、これ以降は苦悩の連続だったようである。

この記事の前半に「神に魅入られ、神に魅せられた男」と書いたのはこのことです。

キャリアハイは1966年なんですが、こういう経緯もあって本人は何故1966年にこれだけの成績が出せたのか全く説明がつかなかったそう。本人曰く「とにかくこの頃はひたすら苦しんでた」「気がついたらバットを握って泣いていた」とのこと。

ここに到達しなければここまで苦しむこともなかったのでしょうが、それなら精神的に押しつぶされてここまでの選手にならなかったのかも…、と思うと難しいところですね。

 

査定について

基礎能力

弾道はライナー性の打球が多かったとのことで2で。ミート・パワーは打撃成績を考慮して。走力は鈍足と聞いてたんですが、それまでの三塁打を見るとこれ以上落とすのは難しかったので。

肩はわからないのでEで。もう少し上げても良かったかも。守備は守備成績を考慮して。刺殺数が多いので捕球はかなり高めに。

特殊能力

チャンスF

プレッシャーに弱かったとのことだったので。イメージ査定。でも多分この年には克服している気がします。

送球B

補殺数を考慮して。もっと高くても良かったかも。

アベレージヒッター

初代「安打製造機」に敬意を払って。正直ないほうがいいかもしれない。

プルヒッター

これがない榎本喜八はモグリ。説明不要

固め打ち

多分いる。というか打率を再現しようとしたら結果こうなる

粘り打ち

三振数を考慮して。さすがにつけないと再現不可というかつけても難しい。

威圧感

成績を考慮すればつけないんですが、まあつけないといけないですね。彼については。これがついてないと榎本喜八とはいえない。

 

 

以上。長い記事でした。二度とこんな選手公開記事はやらないでしょう。多分。

 

おまけ

え~っと、なんだかんだで僕は彼の「野球だけに対しての気持ち」を評価していますが、同時にダメだとも思っているのでこっちもつくりました。

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ちょっとところどころが違いますが、まあ気にしないでください。

こっちの方はムード×がついています。多分こっちの方が再現は出来てると思います。でもやっぱり失礼なのでね。おまけとして扱います。

大好きな選手だからこそこっちの再現もしたかった。

 

では今度こそおわり。

 

 

heroin.hatenablog.com

*1:試合数、打席数、打数、得点、安打、二塁打三塁打、四球、敬遠、犠飛出塁率

*2:セリーグでは王貞治が18回とかいう意味不明な記録を保持

*3:本人曰く

*4:超特殊能力「安打製造機」はアベレージヒッターの上位互換

*5:リップサービスかとも思うが、野球界から離れた人間にそんなことをする必要があるのか疑問になる

*6:これは当時のフロントの「毎日色の強い選手を放出しよう」という意向によるもの

*7:当時はFAかボーナスかの二択だった

*8:その新人であった山崎裕之選手が固辞した回避された

*9:コーチになるための体力づくりだったそう