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【MLB OB・パワプロ2018】ベーブ・ルース(外野手)【パワナンバー・画像ファイル】

伝説案件です。(伝説案件ってなに?)

今回はベーブ・ルース

今年の厄は全てベーブ・ルースがスタンドに放り込んでくれるでしょう。

 

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ご尊顔

 

では能力

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ジョージ ハーマン ルース ジュニア

1914~1935年

ポジション:外野手 一塁手 (投手) 投打:左投左打

経歴:セント・メアリー少年工業学校→ボルチモア・オリオールズボストン・レッドソックスニューヨーク・ヤンキース→ボストン・ブレーブス

 

通算記録

2503試合 .342(8398打数2873安打)  506二塁打 136三塁打 714本塁打 2217打点 2174得点 123盗塁(.513) 

1330三振 2062四球 43死球 113犠打 2併殺※ 出塁率.474 長打率.690 OPS1.164

 

【キャリアハイ】1921年

152試合 .378(540打数204安打)  44二塁打 16三塁打 59本塁打 171打点 177得点 17盗塁(.567) 

81三振 145四球 4死球 4犠打 出塁率.512 長打率.846 OPS1.358

 

※併殺は記録されていない年があるためこれより多い。

 

 

「野球の神様」ベーブ・ルースです。

1914年、偶然試合を見に来ていたメジャーリーガーからの紹介でマイナーリーグボルチモア・オリオールズに入団。しかし同年7月に金銭トレードにてボストン・レッドソックスに移籍することとなる。移籍後の7月11日に投手としてメジャーデビュー。初登板にて初勝利を記録するもののレッドソックスの熾烈な争いに勝てずにマイナーへ降格される。

翌年には春季キャンプにて先発ローテーション入りを果たし、18勝8敗と好成績を挙げてリーグ制覇に貢献。しかしワールドシリーズでは登板機会はなく1打数無安打の結果に終わった。

翌1916年には23勝12敗、防御率1.75、9完封と好成績を挙げ、投手として活躍。前年に成し遂げられなかったワールドシリーズ制覇も果たす。翌年も同様に投手として好成績を残した。

1918年からは外野手としての出場が始まり、13勝11本塁打で同年の2桁勝利2桁本塁打を果たし、初の本塁打王に輝く。この記録はMLB唯一の記録である。ワールドシリーズにも2試合を投げて両試合勝ち星を挙げるなど投打で活躍。翌年には29本塁打を記録し、MLB記録に。

1919年オフには契約で折り合いがつかなかったためにニューヨーク・ヤンキースへ金銭トレードで移籍。移籍後のヤンキースデビューとなる1920年は前年に自身が記録した29本塁打を大きく上回る54本塁打を記録。また打率も.376と驚異的な数字を見せ、長打率.847は2001年にバリー・ボンズが更新するまで81年間シーズン記録を保持していた。なお、この年にルースよりも本塁打を多く打ったチームは1チームのみとあまりにも突出した記録であった。

翌年からはヤンキースの第1期黄金時代を引っ張る主砲として活躍。1921年には59本塁打を放ちチーム史上初のリーグ優勝に導き、通算本塁打記録を更新する。*1この年の177得点 457塁打 379出塁は今なおMLB記録である。

1922年にはヤンキースのキャプテンに就任。翌1923年にはヤンキースは本拠地をヤンキー・スタジアム*2に移転。右翼が短い(約90m。右翼が短いというよりは左中間が152mと異様に膨らんだ形状と呼ぶほうが適当))この球場にて本塁打を量産。不摂生などが祟った1925年シーズンを除いて1931年まで本塁打王を獲得し続け、ヤンキースの主砲として活躍し続けた。

1927年には「殺人打線」と称された強力な打線を背景に本塁打を量産。自ら指導していたルー・ゲーリックの台頭により投手が勝負せざるを得なくなったこともあり、60本塁打を記録。これは1961年にロジャー・マリスが61本塁打を記録するまでMLBシーズン本塁打記録であり続けた。

1934年には極東遠征にて日本へ。各地で試合をし、日本における野球人気に拍車をかけた。なお1936年には日本でプロ野球リーグが発足する。

同1934年オフにボストン・ブレーブスへ移籍。チームの副代表として選手の獲得などの大きな権限を握ることになり、助監督にも就任。

1935年序盤は打っていたもののケガやそれまでの不摂生が祟り、守備や走塁での貢献が全くできず、5月25日に最後の特大場外本塁打を放ち、30日の試合で守備の際に膝を痛めて途中後退となりこれが最後の出場となった。

引退後すぐの1936年にアメリカ野球殿堂の初期メンバーの1人として選出。1938年にはドジャースの一塁コーチに就任。打撃指導の他に、ファンへの対応なども指導するなど精力的な働きを見せていたもののその年をもって辞任。これがMLB最後の仕事となる。

1947年には「ベーブ・ルース財団」を設立。恵まれない子どもたちへのチャリティー活動を行い、翌1948年には背番号3永久欠番に指定。

1948年8月16日、肺炎のために53歳の短い生涯を閉じた。

 

 

 

査定について

前回と変わった部分だけ特筆します。

基礎能力

ミートはS97に。流石に.378は無視できなかった。

パワーは問答無用のS100。寧ろ足りない。

走力は「太ってた割りに速かった」ということから下方修正。三塁打に関しては当時の球場が現在よりも非常に大きかったことなどに起因すると判断。

守備は走力を落としたことから微増。

捕球は失策の多さなどから下方修正。

特殊能力

チャンスC:通算*3での得点圏打率が.010ほど非得点圏打率よりも高かったため。 

対左打者E1921年には対右打率.395に対し、対左打率.326と大きく遅れをとっており、通算でも.020ほどの開きがあるもののOPSには殆ど大きな変化がないことから間を取った。

ケガしにくさD:後年の不摂生から大きく下方修正。

走塁B:球場の広さなどを鑑みて。また打者としての活躍からAをつけるのが不適当と判断。

アーチスト:問答無用。ベーブ・ルースにつけないなら誰につけるのか。

引っ張り屋:記録されている357本塁打の内309本がセンターから右方向。

一球入魂:大打者感を演出するため。ぶっちゃけ補正。補正で金特を使う必要のある選手。

アウトコースヒッター:外角低めに強いため。ローボールよりもこちらの方が見栄えがいいかと判断。

サヨナラ男:通算サヨナラ本塁打12本。(MLB2位)

ダメ押し:4点差以上打率.362。

 

ベーブ・ルースの制作について

えー、以前二刀流版ベーブ・ルースの作成をしたので「またやるのか?」と期待してくれる方がいたら申し訳ないのですが、現状では完全に目処が立たないのでやりません。

正直、前に作った二刀流ベーブ・ルースはなんかよくわからない形に収まったのであんまし出来は良くないんですよね。で、やるからには徹底的にやりたいんですが、二刀流時代の再現となると上記の記事で書いたように「みんなが求めるベーブルース像と離れる」ため採用したくない。で、この外野手版と投手能力を組み合わせる…となるとどう考えても無理なのでやりません。人間限界がある。

次にドラフト用についても作成しません。というのもここまでのレベルになるとドラフト用がドラフト用に収まらないので(まあNPBレジェンドレベルも収まっていないですが)制作が無理です。このまま入れてベーブ・ルースに蹂躙されてください。

 

 

 

画像ファイル

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パワプロ2018で使用可能。

画像ファイルの使用方法についてはこちらを参照してください

 

 

 その他の選手はこちら

www.heroin-powerpro.com

*1:それまでの記録はロジャー・コナーの138本塁打

*2:現在の「ヤンキー・スタジアム」とは別であり、2008年まで使用されていた球場

*3:ただし1925年からの記録